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昔、信濃の国小諸に、強欲でけちんぼで、無信心な一人のお婆さんがおったと。 きょうも小諸の空は、きれいに晴れて、山々は美しかった。 ええお天気で、と隣のお爺さんと、お婆さんが声をかけながらやってきた。へえ、 へえいい天気じゃ。と相槌を打ちながら強欲ばあさんは、忙しげになにやらしておった。 「なぁ、お婆さん。今度おらたちと一緒に善光寺様へお参りに行くでねえか。善光寺様は ありがてい仏様だ。どんなに遠くても、一生に一度は、お参りしなくちゃな、なんねえほど、 ありがたい仏様だ。」と誘ってみたが、返事もせずに布を籠に入れておった。 「死んで極楽に行けるよう、ようお参りして来るでねえか。」と口々に誘ったが、 「遠い道のりを、てくてく歩いて、善光寺様とやら出かけたところで、いったい何の得がある だ。腹が減って、くたびれるだけでねえか。いやなこった。」とことわってしまった。 「おら、忙しいでな。」と言いながら、籠に入れた白い布を持って川へ出かけてしまった。 「こうして、水にさらせば、真っ白になって、またいい値段で売れるというものさ。」 お尻を善光寺様のほうに向けて、布をさらしておると、つんつんと、誰かがつつきよる。 「だれや ! おらのお尻をつつくのは。」と振り向くと、いつの間にやってきたのか、大きな黒い 牛が、顔をぬうーとつき出した。やばあさんはおったまげて、思わずよろけて、ばしゃんと川 の中に尻餅をついてしまった。 ふと、気が付くと、さらしておいた布がない。見ると、黒牛が白い布をつのに引っかけて、 とことこ走り出していくではないか。 「こらぁ、待て、盗人、じゃなくぬすっと牛め ! 」おばあさんはあわてて、川の土手をはいのぼ り、あとを追いかけた。白い布を風になびかせながら、牛は、とことこ、と走っていく。 せっかくさらした布を取られてはたまらない。 「待て、まってくれ。」大声上げて、あとを追いかけていった。 牛を追って何里も走った。牛は、ときどき振りかえりながら走っていく。 どのくらい走ったか、ふと気がつくと家が立ち並ぶ町の中を走っておった。行く手には立派な お寺があった。すると、牛は、お寺の中にすいこまれるようにはいって行った。 「さあて、これで、つかまえることができるぞ。」お婆さん、牛はと見ると、黒牛は如来堂にはい ると、不思議なことに、消えてしまった。牛につられて如来堂の中に入っていくと、中は、燈明 のあかりの中に、大勢の人たちが一心にお祈りしておった。 「ちょっくら、ごめんなんしょ。」と人をかきわけおくへはいって行ったが、牛はおらなんだ。 いくら探しても見つからなんだ。お婆さんは急に力が抜けてしまい、そこへ、へなへなと座り込 むと、隣の人に聞いた。 「もし、ちょっくら、たずねるだが、ここはどこだいね。」すると、たずねられた婆さまは 「何を言いなさる。ここは善光寺様でねえか。」とあきれ顔じゃった。しかたなくその日は、如来 堂で泊まることにした。一日中、牛を追って走ったので、お婆さんは、すぐに寝てしまった。 すると、夢を見た。夢の中に、今日追いかけてきた黒い牛が現れ、首に白い布を巻いて、仏様 の方にすうと。あっと、お婆さんは、驚いて目をさまし牛の行った方を、目をこすりながら、よく見 たが、牛はおらなんだが、なんと、白い布は観世音菩薩の首にかかっておった。 お婆さんは腰を抜かさんばかりに驚き、這いつくばるようにして手を合わせ、生まれて始めて 祈った。お婆さんは御仏が、善光寺へ導いてくれたことに気が付いたのじゃった。 お婆さんは、それまで心の奥深く眠っておった仏心が目を開き、仏恩をいたく感じて、 生涯その観音様にお仕えしたという。 日本の民話「善光寺」から抜粋 |
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